| 朝日新聞 2004.3.7掲載
「走る楽しさ ハンディ無し」
〈障害者支援 問題ある程 ハードル選手の血騒ぐ〉
傷害の有無や年令に関係なく、参加者にスポーツを楽しんでもらいたい−。
10年来の思いが、まもなく大舞台で実現する。
4月17,18日の両日、長崎県佐世保市のハウステンボスで、「第1回ユニバーサルフェスティバル」が開かれる。オランダ風の建物の合間を抜け、海も見える特設コースが舞台。マラソン(5キロ、ハーフ)、車いすマラソン(5、10キロ、)インラインスケート(5、10キロ)のほかに、子供マラソンや幼児による「オムツダッシュ」もある。
だれでも参加でき、タイムも順位もない。周りに手伝ってもらってもいい。最後までたどり着けば、記念メダルが贈られる。
障害者のスポーツ参加を支援しようと、01年に発足した「ユニバーサルスポーツ基金」(事務局・福岡市南区)。
理事長を務めるその団体がはじめて手掛ける自主イベントになる。スタッフは約10人。人手も資金も十分とはいえないが、実行委員会の一員として準備に奔走する。
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挫折意見が出発点だ。
春日市の春日高校で110メートルハードルの選手として活躍。早大陸上部でも競技を続け、国内ランキングで15位まで上りつめた。
有力選手が集まる米国オレゴン大への留学を決めたが、渡米前のあるバイト中に事故でひざのじん帯を切断。一転、選手生命を絶たれた。
松葉杖生活となった病院で、自分より若く、足を切断しながらも明るい笑顔で語る車いす生活の人と接した。「他人より少し足が速いくらいで、てんぐになっていた」
留学から帰国後、日本陸連の事務局員として、国際マラソン大会の企画や準備室などの裏方を努めた。車いすマラソンにもかかわり、身障者の新しいスポーツ環境をつくりたいと構想を温めてきた。
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97年に地元の福岡にUターンしてからも家業の建築資材卸会社に勤める傍ら、スポーツ関連の企画に携わった。そんな時、仕事を通じて知り合った清涼飲料メーカーが趣旨に賛同してくれた。自動販売機の設置場所を開拓したら売上の5%を寄付してくれるという。基金はそこから生まれた。
自販機はまだ全国に12台しかない。仕事の収入からも基金に拠出する。まだ規模は小さいが、基金は夢実現の地から強い味方になった。
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「一般のレースはどうして関門があるの」
昨年10月のシティーマラソン福岡で、車いすレースに参加した知り合いから尋ねられた。
一般道のレースでは、交通事情から先頭走者がツウかご、一定時間が過ぎるとリタイアになる「関門」がある。ならば交通事情に左右されない拾い場所はないかとハウステンボスに打診し、開催にこぎつけた。
選手の確保、スポンサーの募集、大会主家ジュールの作成・・・・・・。次々と課題が出てくるが、「問題が起きれば起きるほど、どう解決するかって燃えてくる。ハードル(障害)選手の血が騒ぐんですかね」と強気。実績を積んで、全国各地のテーマパークに舞台を広げる事を夢見ている。
大会の参加締め切りは31日。問合せは実行委員会(092・737・7733)へ。
(登川卓也)
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